真田丸沼田裁定での秀次の決め台詞がカッコよすぎ!歴史的な意義も

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sanadamaru1594

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第22回「裁定」は、タイトル通り、

まるで、法廷ドラマを見ているような面白さがありました

これまで、歴史の教科書で学んだことが覆されたような気分でした

日本史で歴史を大きく変えて、その後の分岐点となったのが

「関ヶ原の戦い」だと覚えました。

「関ケ原の戦い」は、豊臣秀吉の弟である秀長が1591年に亡くなったのち

豊臣家の内部で戦いの方針や賞罰を巡って対立が起こり

天下分け目の戦いが起こり

その後は、徳川が台頭してきます。

今回の「沼田裁定」を見て

日本の歴史は、実はこの事件で

大きな転換を迎えたのではないかと思いました。

誰が権力を握って、日本の統一を果たしたかではなく

戦国の世の考え方を変えた出来事として

「沼田裁定」の影響は大きかったのではないかという事です。

信繁の父も北条もお互いの言い分を主張して

城を守るために戦いをしたくてうずうずしています

「領土を守るには、戦いあるのみ!!」

それまでの考え方に縛られているわけです。

ところが、北条と真田の「沼田城」に対する確執を

実際の戦いではなく、

「意見を戦わす」ことで決着させようとしたことは、

それまでに画期的な出来事だったのだと思います。

領主本人ではなく、それぞれ代表が出てきて持論をぶちかますわけです。

ドラマなので、ある程度の演出や解釈は加えてあると思いますが

真田の代表「信繁」、北条の代表「江雪斎」、徳川の代表「本田正信」

三人が、それぞれ主張しあうところは、

まさに法廷ドラマさながら・・・・

今までの真田丸で一番面白いシーンだと思いました。

そして、意外な人物

いつもは、頼りない秀吉の甥秀次が

秀吉の代わりに裁定を命じられます

「だいじょうぶかい!!」と思っていたら

意外にカッコよく決めましたね。

 

江雪斎の使っていた言葉が決定的なポイントになりました

「沼田城は北条が奪い取った」

そこで、秀次は

「『奪い取った』という事は、もともと真田のものではなかったのか!

自分のものであれば、『奪い返した、取り戻した』というべきだ」

一件落着

秀次さま、カッコいい~

 

 

 

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