マスケティアーズパリの4銃士リシュリューの死去!史実との違いも

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マスケティアーズパリの4銃士11回目

「危険な男」

お葬式シーンから始まった今回ですが、

「いったい誰が亡くなったの?」

と思っていたら、なんと「リシュリュー枢機卿」!!

何て唐突なストーリー展開!!

 

という事で、今回は

「リシュリュー枢機卿の追悼」ということで

少し調べてみました。

 

名前:リシュリュー公爵アルマン・ジャン・デュ・プレシー

誕生:1585年 9月9日

死去:1642年 12月4日

ドラマでのリシュリューは陰であれこれと画策していますが

その裏に描かれているのは、

決して個人的な欲が動機になっているわけではないですよね。

史実を調べてみると

リシュリューの信念は「王権の拡大」です。

つまりフランスは、他のすべての国を押さえて

強大にならねばならないという事であり、

この信条に従わない者に対しては、

「国家の敵」と見なして徹底的に排除していきました。

彼の残された言葉に

「信賞必罰など必要無い。必罰だけが重要だ」があります。

この言葉からわかるように、

他者を罰することが自身の生き甲斐でもあったようです。

「フランス国家を守る」という信念があったために

世継ぎが生まれないことを理由として

「王妃暗殺」を企てるということもやってのけられるのですね。

でも、このことから感じるのは

「王」は「人」ではなく

単に「国家が存在するための象徴」だということです。

同じようなことは、どの国でも、

かつての日本でもあったことなのですが・・・・

 

また、私利私欲にとらわれない人物とも言われているようですが、

実際には私財を蓄え、家格を高めるために

一族の婚姻政策を熱心に行っていたようです。

「マスケティアーズパリの4銃士」では

王妃や三銃士と対立して策謀を巡らす悪役としての役割と、

フランスの発展に務める優れた政治家としての役割

という両面から描かれています。

そこが、単に「悪者」ではない魅力なんでしょうね。

これはあくまで個人的な感想です。

 

史実から言うと、

リシュリュー枢機卿は

1624年から1642年まで

ルイ13世の宰相をしています。

そして1643年に死去

一方ルイ14世が生まれたのは、1638年です。

ってことは?

ドラマのように枢機卿がなくなってから

ルイ13世の世継ぎが生まれたのは

正しくない!!

ヤッパリ枢機卿を早く殺しすぎだ!!

 

 

個人的な感想としては、

ドラマにはカッコイイ、ちょっとステキな悪役がいないと面白くならない。

単にずるがしこいとか、悪人だけでは、

物語そのものがつまらなくなってしまいますよね。

その意味では、「マスケティアーズパリの4銃士」の

「枢機卿リシュリュー」の存在は貴重でした。

「なんでこんなに早く殺しちゃうかなぁ~」

・・・・というのが個人的な感想です!

 

 

 

 

リシュリューの信念は「王権の拡大」と「盛大への意思」、すなわちフランスはあらゆる他国を押さえて強大にならねばならないとの確信であり、この信条に従わない者に対しては全てこれを「国家の敵」と見なして徹底的に撲滅を図った。「信賞必罰など必要無い。必罰だけが重要だ」という彼の言葉からもわかるように、他者を罰することは自身の生き甲斐でもあった。

私利私欲にとらわれない人物とされるが、私財を蓄え、家格を高めるために一族の婚姻政策を熱心に行っている[24]

、王妃や三銃士と対立して策謀を巡らす悪役としての側面と、フランスの発展に尽力する優れた政治家としての側面という両面から描かれている。

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