真田丸伊達政宗役長谷川朝晴はどんな人?独眼竜についても

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伊達政宗役の長谷川朝晴はせがわともはる-283x300

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真田丸23回「攻略」から「伊達政宗」が登場しました。

とつぜん白装束、白い眼帯(?)で、ちょっとびっくり。

なぜって、

見た目が柔らかい雰囲気で、

これまで独眼竜と言われる強面の伊達政宗のイメージと

ずいぶん違っていますね。

しかも、見た目がずいぶんと幼い感じがしました。

正直言って、この俳優さんを知らなかったので

調べてみました

 

名前:長谷川朝晴(はせがわともはる)

生年月日:1972年3月19日

     わりに若く見えるけど、もう44歳なんですね。

身長:174センチ

出身地:千葉県四街道市

1993年から、テレビ、舞台、映画などで活動する俳優さんで

劇団ジョビジョバに所属しています。

数多くの映画やテレビドラマなどに出演しているのですが

ドラマの出演者一覧にはほとんど名前が出ていません。

・・・ってことは、

本当にちょっとした役が多いという事でしょうか。

 

今回の「NHK大河ドラマ」出演で、しかも「伊達政宗」役

・・・と来れば、

もしかしてこれからブレークするかもしれませんね。

チェック・チェック!!

 

ついでに、伊達政宗がなぜ片目を覆っているのかについても

書いておきましょう。

 

正宗が生まれたのは1567年。

場所は山形県の米沢城でした。

1567年というのは、奇しくも真田信繁と同じ年です。

二人は同じ年なんですね。

政宗の幼名は「梵天丸」(ぼんてんまる)でした。

幼い頃に疱瘡(ほうそう)という病気にかかり

右目を失いました。

失った目を覆うために使ったのが刀のつばでした。

そこから、「独眼竜」と呼ばれるようになりました。

そのため母にも愛されず、醜い顔を苦にした少年時代は、

父・輝宗の勧めで、虎哉宗乙という僧侶のもとで、

厳しく教育されて育ちました。

19歳の時、父が42歳でなくなり

その後伊達家を継ぐことになります。

そして、わずか23歳で奥州(平泉のあたり)を制覇します。

 

真田丸で、なぜ白装束を着ていたかというと

伊達は、北条に着くか、秀吉に従うかで迷った挙句

秀吉に従うことになったのですが

上洛した時に、すでに北条との戦いが始まっていました。

切られるかもしれないと死を覚悟して、

白装束で秀吉の前に現れたのだそうです。

これも、正宗の賢い戦略だったようです。

そしてみごと、秀吉に許された正宗でした。

めでたしめでたし。

 

で、今後、真田丸に正宗はどれくらい登場するのでしょうね。

それによって、長谷川さんの人気度アップが

左右されるかもです。

 

 

 

 

 

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